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「笛を吹く男」(2015年) 「月の見えない夜…太陽の見えない昼…たった一日でおぞましい死に方をする!」

■1950年代終戦直後、山奥の隠れ里に迷い込んだ楽士親子の悲劇を描いた2015年製作の韓国のホラー・ファンタジー。「ハーメルンの笛吹き男」をモチーフにしたネズミの大群のスペクタクル、凄惨なラストシーンが胸をえぐる。■原題は「손님(客)」。■監督/脚本は本作が長編デビューのキム・グァンテ。

■出演/キム・ウリョン(リュ・スンニョン)、その息子ヨンナム(ク・スンヒョン)、村長(イ・ソンミン)、その息子ナムス(イ・ジュン)、ミスク(チョン・ウヒ)、チョルスの父(チョン・ギョンホ)、巫女(キム・ヨンソン)など。

 

■あらすじ

1950年代終戦直後の混乱期。ソウルを目指す貧乏楽士親子が山奥の隠れ里に迷い込む。
父親のキム・ウリョンは笛の楽士で、のんきで学は無いが記憶力は良く、片足が不自由なため戦火で妻を亡くしている。10歳の息子ヨンナムは父思いの賢い子だが肺病病みで、ソウルの在留米軍の医者に診せに行く途中だった。

その村は高い山々に囲まれた地図にも無い隠れ里で、別世界のように良い風が吹き、豊かな実りに恵まれ、人望厚い村長の元のどかに暮らしているようだった。


病気のヨンナムを案じるウリョンは暫しの滞在を希望し、ひとまず村長宅に泊まる事にはなるが、村長は「泊めてやれるのは今夜だけだし、終戦している事は絶対に言うな」としつこく念を押し、追い出そうとする。

ところがその夜、村人らがネズミ被害に困り果てていると察したウリョンは「ネズミ退治ができる」と言い「その間だけでも滞在させて欲しい」と頼み込む。彼には、薬屋の客寄せ仕事で得た薬の知識があり、動物が笛の音に反応するという勝算があったのだ。

村長も村人も警戒し半信半疑だったが、結局村長が「退治が終わるまでの滞在と、成功すれば牛一頭分の報酬をやる」という約束を取り交わす事に。

 

ただその村でいう『ネズミ』には特別な意味があった。

村長によれば、中国軍が侵攻した際、村長は村人らを連れて逃げたが、頑健に村に居残った巫女とライ病患者たちが、餓えたネズミに喰い殺されてしまったのだ。以来、村人らは異常にネズミに怯え、またネズミが再び人を襲わないよう息子のナムスが猫の肉を与え続けているのだと。
村長はそれを涙ながらに語り、同情したウリョンは、ヨンナムと2人でネズミの好む薬と嫌う薬を大量に作って村人らを集め「薬はネズミには効果的だが、人間には悪臭と誘眠効果があるから絶対吸わないように」と前置きした上で山頂から散布し、見事ネズミの大群を村外れの壕に追い込み、閉じ込める事に成功する。

 

一方でウリョン親子は明るく愉快な人柄から一部の村人らと親しくなり、中でも新米巫女で親子の世話係になったミスクとは、ウリョンはもちろんヨンナムも母親のように慕い「一緒にソウルに行かないか」と口説く事に。
しかし彼女は、実は余所者の戦没寡婦で村長に監視下に置かれた囲われ者で、生活を保障する代わりに手下となり、死んだ巫女の代役するよう強要されていたのだ。

実は村長の話は嘘で、戦時中、彼らはライ病患者と巫女を置き去りにして逃げ、戻った時に拒否されたため、騙して村外れの壕に閉じ込め、ネズミをけしかけて殺害し、力づくで村を乗っ取ったのだ。
その際死骸の中で一人生き延びた巫女は、血膿に塗れたおぞましい姿で引き出されたものの、村長らを呪う予言をしたため、再び壕に戻され生きたまま焼き殺されたのだ。

 

以来、村人らは冷酷無慈悲な村長とネズミに怯え、村長もミスクに巫女の代役をさせて村人を脅し続けていたが、その効果も薄れ、村人は終戦を機に村長に罪をおっかぶせて逃げ出そうと目論んでいた矢先、まさに巫女の予言通り『客(=ウリョン親子)』がやって来たのだ。

それでもミスクは村長を怖れるあまり何も言えず、ウリョンに「何も求めず報酬も諦めて逃げよう!」とすがるが、彼は「それでは勘定が合わない」と笑い、村長と村人らが待つ集会場所に報酬を受け取りに行ってしまう。

 

彼を待っていたのは本性を露わにした村長と、彼から「ウリョンは敵のスパイだから、庇えば死刑になる」と刷り込まれ怯えきった村人たちで、村長は「スパイが人間に害がある怪しげな薬を散布した」として契約を反故し、ウリョンの指を切り落とし、村人らに暴行するようけしかけたのだ。
その暴行の最中、巫女姿で祓い棒を腹に突き刺し、血まみれになったミスクが茫洋と現れ、殺害された巫女と同じく「お前たちはここで悲惨な死に方をするだろう!私はこの約束を必ず守る!…お客が来るぞ!本当のお客が来る!誰一人としてこの村からは出られない!」「月の見えない夜と太陽の見えない昼…たった一日でおぞましい死に方をする!」と呪い、絶命する。
村人らはかつての巫女の一件をまざまざと思い出して震え上がるが、村長は親子に自ら握った毒入りの握り飯を持たせ、村から追い出してしまう。

ウリョン親子は暫し森の中を彷徨うが、満身創痍のウリョンが気を失った隙に、ヨンナムがウリョンの笛を取り戻しに村に戻り、その帰り道、毒入りの握り飯を食べてしまい死亡する。
森の中でその亡骸を見つけたウリョンは慟哭し、村長と村人らへの復讐を決意するが…。

 

 

■感想

なによりウリョン役「カエル少年失踪殺人事件」のリュ・スンニョンが圧倒的。昨今話題の道化メイクでも、これほど凄惨で憐れで絶望的な道化は見た事が無い。

対する村長役イ・ソンミンがまた凄まじい。彼の小利口な残忍さは、登場した時点から微かに漂い、ミスク役チョン・ウヒが怯える訳が判明した瞬間、ウリョン親子にただただ逃げて!と叫びたくなります。


本作のキーワードは『勘定』と『子供』で、当初事情を知らないウリョンはただ暫しの休息と引き換えにネズミ駆除を申し出るんですが、村長はあらゆる可能性を予測し、最終的には口封じする計算で「牛一頭分の報酬」という圧をかける。

片や、登場する子供らはヨンナム役のク・スンヒョン始め皆健気な良い子で、大人の言いつけをよく守り、幼い子の面倒も見ています。
ヨンナムが村長宅でさりげなく手にする鉛筆、笛、ウリョンの袖の下=精力剤や洋モクの行方を追ううち、親子はあまりにあっけなく村長の術中に落ち、理不尽で残忍な仕打ちを受け、追い出される羽目に。
親子の別れのシーンはあまりに辛く幻想的で、ラストシーンも含めて見るたび胸が痛みます。

 

また前半のクライマックスで瀕死のミスクが行う予言も凄まじいですが、後半の回想シーンの狂巫女(キム・ヨンソン)の予言の禍々しさにはただただ圧倒され、息を呑むしかありませんでした。
また完全な予言はあくまでもそちらで、その『勘定』とラストシーンの『勘定』は非情にも合致していて、全てを終えたウリョンの曰く言い難い表情の意味も腑に落ちるかと。
また中盤、その帳尻合わせが気になり始める一方で、ふと村長のある仕草が目に入る。それは昼となく夜と無く、彼が笑顔の時も残忍な時もそしてほんの一瞬、息子ナムスと2人きりの時に見せる父親らしい顔の時も、その仕草が出るんですね。
確かに彼も村人らも戦火を生き延びる事に必死だった。村人はその上楽に生きたいと願う厚かましい烏合の衆ですが、その頭となった村長の殺人を犯してまでも隠したかった真実、彼が本当に怯えていたモノはなんだったのか、その隠れ里が必要だったのは果たして誰なのか、諸々考えさせられます。

 

クライマックスのネズミの襲撃シーンはまさしく大スペクタクルで、詰んだ勘定が一つ一つ合っていくのが、ある意味快感かも。
全てを奪われたウリョンの慟哭は深い山に染み入り、狂巫女を含め村長の犠牲となった全ての者の怨恨を背負い、自らの命を削り、着々と準備する彼の姿は、それまでの人の良いとぼけたおっちゃんとは真逆の、狂気に満ちた悲痛なおぞましさを醸しています。
韓国ホラーには童話ベースの作品も多いのですが、「ハーメルンの笛吹き男」が暗喩する実在の暗黒史を彷彿とさせる名作だと思います。

 

ちなみにこの残忍な村長役を演じ切ったイ・ソンミンは、韓流ドラマ「ミセン-未生-」では頼れる上司役を務めた大ベテランの俳優さんだそうで、「目撃者」(2018年)でも、犯人につけ狙われる小心だけど人間味のある父親を好演しています。
またミスク役チョン・ウヒは「コクソン-哭声-」でも、ミステリアスな女性ムミョンを演じていて、そちらも全力で推したい作品です。

 

■合わせておススメ
・「カエル少年失踪殺人事件」韓国三大未解決事件のうち1991年の小学生5人が失踪した”カエル少年事件”をモチーフにしたサスペンス。遺体が見つからないまま風化していく事件の狭間で老いて行く被害者の両親の悲痛や、混迷し疲弊していくマスコミ関係者らを追う重厚な人間ドラマです。

・「哭声/コクソン」我が国が誇るベテラン俳優國村隼が謎の日本人を怪演したサスペンスで、本作のミスク役チョン・ウヒがミステリアスな女性を好演、素っ裸で野山を駆け回る國村に散々振り回された挙句、うおおそこにオチるか!と慄然とすることうけあいです。

・「目撃者」(2018年) 偶然殺人事件を目撃し犯人に怯える平凡な中年リーマン(イ・ソンミン)が、頼れる妻の一言で奮起しまさしく窮鼠猫を噛む反撃を見せるある意味元気になれるサスペンスです。