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「人喰いトンネル」(2010年) 「君が『交換』したのが間違いだった…」そして『3びきのやぎのがらがらどん』

■ 古く長いトンネルがあるアメリカの田舎町。
周辺では失踪事件が相次ぎ、その1人である夫を探し続ける姉の元に長年放浪していた妹が戻る。
妹はトンネル内で痩せこけた不気味な男と遭遇。その数日後、失踪していた姉の夫も廃人のようになって戻るが…。
■ 2010年公開アメリカのホラー映画。製作/監督/脚本/編集は「ドクター・スリープ」「ウィジャ ビギニング~呪い襲い殺す~」のマイク・フラナガン。トンネルの男ウォルター役を数々の名作で知られるスーツ・アクター=ダグ・ジョーンズが演じている。
■ 出演/妹=キャリー(ケイティ・パーカー)、姉=トリシア(コートニー・ベル)、姉の夫ダニエル(モーガン・ピーター・ブラウン)、マロリー刑事(デイヴ・レヴィン)、ローナガン刑事(ジャスティン・ゴードン)、ジェイミー(ジェームズ・フラナガン)、ウォルター・ランバート(ダグ・ジョーンズ)など

 

■ あらすじ

 

アメリカのとある田舎町。隣町とは古く長いトンネルで繋がっており、周辺では住民やペットの失踪、盗難が相次いでいた。
30代の妊婦トリシアも失踪した夫ダニエルを探し続けて7年目(※①)。その間夫の金が凍結されて生活も苦しく別な男性の子を宿した事から、夫の「死亡認定」手続きを始める決意をしている。
彼女が最後の”尋ね人”ビラを貼り終えたその日、6年前に家出した妹キャリーが姉の妊娠と再出発を知り手伝いに来たと現れ、再会を喜び合うが…。
姉トリシアは仕事を持ち、夫の手続きに追われる毎日だが、カウンセラーの勧めで瞑想にハマり、漢字アートや就寝前の瞑想で安寧を得てはいるが、男の影は無く腹の子の父親の話をしようとしない。
一方、妹キャリーは6年間の放浪生活の末にヤク中になり現在更生治療中。リハビリ中にクリスチャンとなり、善行と施しを心がけ、朝のジョギングと夜の祈りが日課だ。
彼女が使い古したリュックから取り出したのは、生まれ来る子にやるためのぬいぐるみと2人が好きだった絵本『三びきのやぎのがらがらどん』(※②)。また怪しげな缶もあり、悪習を完全に断てたわけではないようだ。

 

翌朝キャリーは、ジョギング帰りのトンネル内で死体のような男と遭遇する。
男は薄汚れて痩せこけていたが、彼女に気づくと「…(私が)見えるのか?」「アレは今眠ってる」などと呟き、あたりに散らばっていた古い装飾品を差し出し「交換だ」と言い、「私はウォルター・ランバート!息子の名はジェイミーだ!」と叫んでいた。
彼女は慌てて帰宅しトリシアに言おうとするが、刑事がいたためギョッとして言い出せずに終わる。
彼はダニエルの捜査担当のマロリー刑事で「近所で多発してる窃盗事件の捜査」と言いトリシアも話を合わせるが、腹の子の父親なのは明らかだった。
その日を境にトリシアは憤怒の形相をした夫の亡霊を見るようになるが、カウンセラーには「夫への罪悪感による”明晰夢”だ」と言われる。

 

一方キャリーは、トンネルの男にパンを施しに行くが男はおらず、やむなく置いて帰る事に。
ところが翌朝玄関先に男が差し出した装飾品がばら撒かれていたため、トンネルに返しに行くがやはり会えず、置いて帰ろうとしたところ、見知らぬ青年に「そこに物を置かないで」と咎められる。
どうやら彼も、黒いビニール袋に入れた何かを置きに来たようだった。
その夜、トリシアは夫の亡霊に「俺を死んだ事にするのか!」となじられ、キャリーはバスルームで虫のような鳴き声や気配を感じて怯えるが、気づけばベッドの中にあの装飾品が入れられ通報する事に。
しかしその宝飾品は近所で盗まれた盗品だったため、マロリーはキャリーとワル仲間の仕業と決めつけ、トリシアに自分の家に越して来いと迫るが、返事はイマイチ煮え切らない。

 

一方で、トリシアの書類が受理されダニエルの『死亡』が確定する。
トリシアは落ち込むが、キャリーが率先して物件を探して引っ越しが決まり、マロリーと正式に結婚前提での交際を始めようとしたその矢先、廃人のようになった夫ダニエルが現れ騒ぎになる。
それは間違いなくダニエル本人だったが、服は失踪当時のまま、衰弱しきってろくに歩けず、入院先でマロリーに詰問されても茫洋と「”下”にいた…」と呟くだけで埒が明かない。
翌日、退院したダニエルはトンネルを見るなり失禁し、子供のように怯えて眠り、物音に怯えては奇行を繰り返す一方で、キャリーの更生を喜び、激怒して責めるトリシアには長い不在を詫びてその妊娠を許し、一刻も早く回復せねばと焦っているようだった。

 

一方マロリーは、ダニエルを(結婚生活を放棄し)ホームレスをしてたと決めつけて怒鳴りつけ、夜遅くトリシアを強引に車に呼び出し、(邪魔な)ダニエルを施設に入れ、自分と再出発しようと迫るが拒否される。
2人が揉めてる最中、ダニエルはふいにキャリーの部屋に来て『三びきのやぎのがらがらどん』を広げ「(”トロール”は)こんな姿じゃなかった…セイヨウシミ(※③)に似てる…君が『交換』したのが間違いだ…アレはいつも見てる…壁の中にいる…」と話し始める。
と同時に家のそこかしこに不気味な気配がし始め、ダニエルは怯えてうずくまり、闇を何かが駆け回る物音や鳴き声がし始め…。

 

トリシアが車から戻るとなぜか玄関が開けっ放しで、キャリーがTシャツ姿に裸足でトンネルから駆け戻って来て「ダニエルがまた消えた!いなくなった!」と半狂乱で泣き叫んでいた。
すぐ警察が駆けつけたが、キャリーがクスリをやっていたため、トリシアやマロリーを含め信じる者はいなかった。
実はその時、怯えるダニエルに代わってキャリーがバスルームを見に行って襲われ失神、気づいた時にはダニエルが巨大な虫のような怪物に捕まり、壁の中に引きずり込まれるのを目撃し、必死で追いかけたが、最終的にはトンネルの壁の中へと引きずり込まれ、その悲壮な叫び声を聞く以外なす術がなかったのだ。

 

トリシアは再びダニエルの失踪届を出し、皆を帰した後、いきなりキャリーの持ち物を漁ってクスリの缶を見つけ「虫が体を這いまわる話(ヤク中の幻覚)は前にも聞いた!両親はバラバラ!出来そこないの妹はヤク中!」と罵るが、「(旦那がさらわれた時)お姉ちゃんはなにしてたのよ!私は好きでもない男との結婚に逃げたりしない!」と反撃され、引っぱたいてしまう。
トリシアは、車で自分とマロリーが密会しているのを目撃したダニエルが激怒し再び”家出”したと感じていたのだ。

 

それでもキャリーは徹夜でトンネルの周囲で起きた失踪事件を調べ、懸命にトリシアに訴えるが半信半疑なのは変わらなかった。
キャリーが出会ったトンネルの男=ウォルターは、1995年の出勤途中に息子の目の前でさらわれ、その息子ジェイミーは「怪物にさらわれた!」と証言したが信じてもらえず、2002年に死亡とされた。
かつてトンネルの場所には鍾乳洞があり橋が掛かっていたが、1928年には橋の上で住民が、鍾乳洞では3人の少年が失踪。少年らだけは戻ったが「長いトンネルを抜けた」と証言、当時トンネルは無く”地下の国”だったのではと噂になった。
また1968年には、近所のパーティーに参加していた男が突然「アレが追ってきた!」と叫んだと。
それらはダニエルの証言と一致しており、キャリーはジェイミーと同じく怪物を目撃したわけだが、「数々の伝説に登場する怪物は実在し、人間をさらって地下の国で”奴隷化”してる」という突飛な話をトリシアが信じるはずもなく。
そうこうするうち生還の知らせを聞いたダニエルの両親が到着、トリシアの腹を見て戸惑うものの、最終的には息子にも会えずトリシアを責めるでもなく再び絶望し、帰宅する事に。

 

その数時間後。トンネルの手前で異様な形に捻じ曲げられたウォルターの遺体が発見され、あの袋の青年が「私の父親だ!」と絶叫して暴れ、逮捕される。彼が持っていた黒いビニール袋の中には、近隣で失踪したペットが入っていたのだ。
青年は成長したウォルターの息子ジェイミーで、その証言が信じてもらえなかった事で警察に失望しており、諦めきった顔で「だから父は生きていると言ったろ?父を埋葬したいから釈放してくれ」と言うだけだった。
そしてその夜、再び現れた怪物にトリシアがさらわれ、キャリーはトンネルの怪物との交渉にルールがある事に気づくが…。

 

※①『 失踪から)7年』 失踪者の生死が7年以上不明だった場合、婚姻の解消や財産整理のため「死亡宣告」等々の手続きが可能になるそうで。
トリシアの場合、夫の口座が凍結されたままで困り果てていました。ただ失踪/行方不明と言っても事故や災害等々原因は様々なので一概には言えないようですが。
※②『三びきのやぎのがらがらどん』 がらがらどんという名の大中小3頭のヤギが山中の橋を渡ろうとしたところ、その下に棲む悪いトロールに「お前を食ってやる!」と脅されるが、先に通った小中のヤギ2頭は「後からもっと大きなヤギが来るから」とやり過ごし、最後の大きいヤギが見事トロールを退治するというノルウェー民話。

 

 

■ 感想

 

2011年、海外の映画祭で絶賛された作品ですが、邦題やパケが内容とかけ離れてるため、損してるのがどうしても悔しくてご紹介。そもそもトンネルそのものは人を喰わないし、美女が怪物と戦うアクションホラーでもありません^^;
パケと違い画ズラは地味ですが、人類が地上を闊歩するよりはるか昔から永きに渡りトンネルに潜む昆虫型のナニカの人外感にはクトゥルフみもあり、壁や地中などを凄まじい力で引きずり込んだ獲物と共に移動し、捕食ではなく奴らの異世界で使役するって怖くないすか?^^; 1979年のカルト作「ファンタズム」の地下世界っぽくて。
またコレ系好きにはたまらないスーツアクターヘルボーイ」シリーズの水棲人エイプ役、同「~ゴールデン・アーミー」の死の天使、「パンズ・ラビリンス」のパン役などで知られるダグ・ジョーンズのカブリもん無しの素顔の演技が拝める数少ない作品というのも美味しみかと。

 

まず着目したいのは、そこらに居がちな小市民でドロップアウト経験もある姉妹。
姉トリシアは真面目な現実主義者だけど、生活は手近な男についつい阿(おもね)てしまう傾向にあり、頑固で独善的。
妹キャリーは自由主義者の風来坊で、現実逃避が激しく不仲な両親をカタブツの姉に押し付け逃げ出した過去がある。ヤク絡みで追われた経験から警察を敵視し、他人を信用できず、結局 姉を足掛かりに社会復帰を目指す目論見が透けて見えます。

 

また姉の旦那にせよ、刑事にせよ、男らの無能さにも呆れるばかり。
そもそもマロリーは職務上知り得た一般女性の弱みに付け込んでるわけで、相棒もドン引きするほど強引で手前勝手な暴論を振りかざし、ヤク中の多分逮捕歴があるってだけで妹を窃盗犯扱い「そんなアブナイ女と暮らすより俺と暮らした方が安全だ」と言わんばかりの口説き文句ってどうなんだw これね、最終的には自分の思い通りにコトが運びたいだけで、思いやりとは言わないんすよw
また戻った夫ダニエルにしても、確かに異常な状況下ではあるけど、そこは妹キャリーではなく、愛しているならまた済まないと思う気持ちがあるなら、姉トリシアと1分1秒たりとも離れちゃあかんとは思いませんか?(オコ)
また姉妹が安易に宗教に走りたくなる気持ちもわかるが、どちらもニワカなのが実に痛々しい。

 

けれどどちらの苦悩も努力も痛いほど分かる。私も同じ小市民だから。
困った時だけ神様を信じるし、何年も留守だった亭主が突然帰って来るなり「虫みたいな怪物にさらわれてそりゃひどい目に遭ってな」と言いわけしても信じられるわけないし、絶対恨むし根に持ち続けると思うw
そんな時、言い寄って来る男にはやっぱりほだされるだろうし、妊娠ともなれば誤魔化しも効かないし、もしかして今度こそこの男となら上手くやれるかもと思わないはずがない。
そこで夫の両親が絡むんすよね。知らずにやって来た暮らしぶりの良さそうな両親は、妊婦の彼女を見て「あらまぁ、孫ができてるなんて!もっと早くに知らせてくれればよかったのに」と勘違いしたかもしれない。
たとえ旦那がまたいなくなってなかったとしても、その言い訳をしどもどする2人を思うと実にアタマが痛いw
けれどその両親が、てめぇの息子が置き去りにしたこの憐れな嫁に、援助の手を差し伸べたとは思えず、どこ国でも義両親は面倒臭いなとため息が出てしまったり。

 

一方妹はと言えば。その日暮らしのラリったヤク仲間と語り合う毎日は楽しかったかもしれないが、彼女を大事に思い心から愛してくれる男はついに現れず、札付きと嘲られ就活もままならず一人身のまま、結局一度は捨てた実家=面倒な両親は片付き、たった一人残った姉を頼るしかなかった。
このド田舎ならやり直せるかも。お日様の下で暮らせるかも。あたり前のつまらない人生を送って行くであろう姉夫婦と付かず離れず、たまには姪か甥と遊んでやるのも悪くない。クスリに頼らず健全に一歩一歩、前向きに生きてさえいれば…。
ところが、最悪な事に姉の再婚相手はヤク中や浮浪者には平気で唾を吐き、好みの女なら被害者にすら手を出すような刑事で、元々性が悪かった姉と結託し、蔑むような眼で見下げて何かにつけ犯人扱い。
どこに逃げても過去はつきまとう。ほんの少し回り道しただけなのに…。

 

この等身大の姉妹を演じたのが、日本ではあまり知られていないケイティ・パーカー(妹キャリー)とコートニー・ベル(姉トリシア)で、健康そうでキュートなケイティのジョギングや酩酊シーンも絶妙だし、何だかんだ言って根はイイ子で、姉やその弱り切った亭主を助けようとする必死さ健気さもひしひし伝わって来る。
コートニーの長女っぽいどこか鈍感で独善的で身勝手な部分も上手いし、妊婦特有のもったり感も最高でした。彼女は同監督の「オキュラス/怨霊鏡」にも美人競売人役で出演してて あやっぱ素が美人なんだと再確認できます。

 

その姉妹に迫るのは”セイヨウシミ”に似た怪物で、トンネルができる遥か昔からそこに棲み、時おり人間を浚っては地下世界に引きずり込み、苦役を強いているらしい。
その犠牲となったウォルター(ダグ・ジョーンズ)やダニエル(モーガン・ピーター・ブラウン)の佇まいがまた良いんですよ。いっそ殺してくれと言わんばかりの怯えや衰弱度がたまらない。

 

そして何より怖いのが、その怪物の物差しと人間の物差しの次元が違うということ。
何が生存の条件でどうしたら戻れるのか、どの秤で計れば『交換』が成り立つのか見当もつかない。果たしてキャリーの持ちかけた取引が成立したのか失敗したのか、ぜひその目で確かめて頂きたい。
近所のトンネルを通るたび、つい物音や鳴き声に耳を澄ませてしまう、そんなトラウマを確実に植えつけてくれる秀作だと思います。

 

 

■ 合せておススメ