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「4人の食卓」(2003年) 「夏なのかな…暑い …熱くてたまらないのに逃げ場がない…」

偶発的に霊視能力に目覚めた男が出会ったミステリアスな女。彼女はその能力ゆえ絶望の淵にあり、思わず彼に救いを求めるが…。■監督/脚本「犯人は生首に訊け」の女流監督イ・スヨンの長編デビュー作 主演は韓流ドラマ「パリの恋人」「銭の戦争」「町の弁護士 チョ・ドゥルホ」のパク・シニャン、「猟奇的な彼女」「僕の彼女を紹介します」のチョン・ジヒョン ■出演/カン・ジョンウォン(パク・シニャン)、チョン・ヨン(チョン・ジヒョン)、ジョンウォンの婚約者ヒウン(ユ・ソン)、ヨンの夫パク(パク・ウォンサン)、ジョンウォンの父カン牧師(チョン・ウク)、妹ヨンソ(カン・ギファ)、ヨンのママ友ジョンスク(キム・ヨジン)、ジョンウォンの共同経営者チャンヒョン(イ・ソクチュン)など。

 

■あらすじ

ソウルで建築事務所を営むカン・ジョンウォンは、地下鉄の車内で幼い2人の娘を連れた母親を目撃する。
彼は、共同経営者で親友のチャンヒョンとの仕事も順調、美人でしっかり者のインテリアデザイナー ヒウンとの結婚も間近で、多忙な日々を送っていたが、その日はヒウンが彼の車で先に帰ったため、やむなくイルサンの自宅マンションまで地下鉄で帰る羽目に。
疲れ果て居眠りを決め込んでいた彼は、その母親が彼の隣と向いの席の隙間に子供を座らせるのをぼんやり見ただけで、終点まで乗り過ごし慌てて駆け降りた時には、なぜか子供らだけが取り残されていたのだ。
彼は、座席にのけぞりぐったりした子供らが気になったものの、電車は2人を乗せたまま走り去ってしまう。

 

イルサンはソウルからほど近い大規模なベッドタウンで、見上げるほどの高層マンションが立ち並ぶ新興都市だ。 

彼が自宅に着く頃にはどしゃ降りになっており、部屋ではヒウンがダイニングにモダンなライトを取り付け終わった所だった。

そのライトは料理ではなく人に向けられ冷たい感じだったが、ヒウンは「テーブルは家族が会話する場所。料理じゃなくて家族全員が主人公なのよ」とご満悦だ。
ジョンウォンは苦笑して彼女を見送るが、翌朝のニュースで、あの地下鉄の子供らが亡くなっていたと知り愕然とする。
母親は毒入りの菓子で子供らを殺害し遺体を置き去りにした、つまり事件は彼の隣で起こり、彼は何も知らずのほほんと遺体の隣で寝ていた事に震え上がったのだ。

彼はひどく動揺したものの誰にも言えず、作業中には額を7針縫うケガを負い、眠れぬ夜を過ごすが、夜明け前、ダイニングの椅子にぐったり座る子供らの姿を見て怯え、実家に逃げ帰る。
彼の実家は、イルサンのマンション群を見上げる開発地域にある小さな教会で、父親で初老のカン牧師と10代の妹ヨンソがつましく暮らしているが、大勢の信者を抱えつつも経営は苦しく資金繰りに喘いでいる。

 

以来彼は妙に勘が冴え、死んだ子供らの悪夢を見るようになる。

またヒウンとの外食の際、デザイン画のうずまきを見て、見知らぬ貧しい旧市街の四つ辻にいる子供となり、大型トラックと排水溝に詰まった子供の遺体を見つける幻覚を見る。それは彼が、幼い頃から度々見ていた悪夢で、ここ数年ようやく見なくなった光景だった。

その一方でヒウンは、有名ホテルのインテリアデザインの大仕事が決まり、父親には教会への資金援助を頼み、着々とジョンウォンとの結婚や将来への道を歩んでいた。
また彼女には霊が見えておらず、ジョンウォンはますます言い出せなくなり、一人怯えて思い悩む事に。

 

彼は暗澹たる気持ちで神経科クリニックのリフォーム工事の打ち合わせに行くが、その時すれ違った陰気で地味な女性患者が路上で倒れる現場を目撃し、気にかかる。
その女性は奇遇にも実家の教会の信者であり、早朝礼拝の後、彼が車で送る事となり、同じくイルサンのマンションの住民である事を知る。ところがその車中でも昏倒し、住まいも名前も分らず、やむなく自宅に連れ帰る事に。
彼女は間もなく気づいて事無きを得るが、迎えに来た夫パクに引き渡すその分れ際、ダイニングを見て「お子さんたちを早くベッドに」と言い残す。

つまり彼女には、子供らの霊が見えていると。

ジョンウォンはその事実を確かめるため、教会の信者リストやクリニックのカルテを盗み見て、彼女の名がチョン・ヨンであり、その住まいと嗜眠症(睡眠傷害、ナルコレプシー等々)と鬱病を患っている事を知り、すがるような気持ちで待ち伏せする事に。
ようやくヨンと再会した彼はおずおずとその言葉の意味を聞くが、子供らが霊であると気づいた彼女は血相を変え「あなた、頭がおかしいわ!」と怒鳴って逃げ出したのだ。

 

ヨンには、人の過去や霊を見る事ができる特殊能力があり、その能力ゆえに以前住んでいた団地で姉妹のように仲が良かったママ友ジョンスクを追い詰める結果となり、錯乱した彼女に、赤ん坊だった息子をベランダから投げ落とされ、殺された過去があった。
彼女はひどく打ちひしがれ、夫も心配はしたが、ほどなくして別の女性の投身自殺を目撃。落下する女性と目が合ったが、夫に「あり得ない」と一蹴され、以来心を閉ざして家を出たのだ。

それでも彼女の病状を案じる夫は、身元引受人として彼女が発作を起こすたび駆けつけ、家に戻るよう説得を続けている。

 

ジョンウォンはヨンの忘れ物である裁判所の出頭要請書の封筒から、彼女が某かの裁判に関わっている事は知っていたが内容は知らず、投身自殺の件だけをクリニックの治療テープで知る事となる。
自殺女性はその直前エレベーターで乗り合わせた行きずりで、ヨンは、抱いていた猫を介して馴れ馴れしく話しかけられた事を疎ましく思っただけの女だった。
「猫の鳴き声は赤ん坊の泣き声に似てる。…マンションでは飼育禁止だし、猫には魂があり復讐するから飼ってはダメと母に言われてた…」
その日の午後。どしゃ降りの雨の中にかすかに聞こえる猫の鳴き声を聞いたヨンがベランダに出て間もなく、その鼻先に落下して来た自殺女性と目が合い、昏倒したのだ。

医師はそれを鬱による妄想と分析、夫を始め彼女の話を信じる者は誰もいなかった。
「人は経験した事を信じるんじゃない。自分が受け入れられる事なら、どんな事でも信じられる」…彼女を信じていたはずの夫は、その事実を受け入れられなかったのだと。

 

同じ頃、裁判所ではジョンスクの裁判が行われており、ヨンとジョンスクの夫による証言が行われていた。
ジョンスクは出産直後から「赤ん坊に乳首を噛み切られる気がする」と怯えて授乳を拒み、激しい頭痛を訴えたため脳のMRI検査を受ける事に。
その際、多忙な夫の代わりに付き添ったヨンは、検査機に入った途端パニックを起こしたジョンスクの過去を垣間見て、失神したのだ。
ジョンスクの脳裏に浮かんだのは、深く暗い井戸の底で、母親の遺体の血まみれの乳房に齧りついている赤ん坊のイメージだった。それはジョンスク自身の記憶の底に封印された酷たらしい過去であり、そのため彼女は無意識に授乳に恐怖を感じていたのだ。

 

一方、ヨンの特殊能力を確信したジョンウォンは、仕事やヒウンの事すらそっちのけでヨンを待ち伏せし、ついには「君の言う事を全て信じる!だから助けてくれ!」とすがるが拒否される。
その日ヨンは、夫の母(姑)から、偶然にもヒウンの仕事先であるホテルのラウンジに呼び出されて離婚を迫られ、「不吉な女!」と罵倒されて水をかけられ、昏倒する。
スタッフは、彼女が持っていた名刺からジョンウォンに連絡し、彼もまたそのホテルに駆けつける事に。
2人がホテルを出る頃、仕事を終えたヒウンはボロ傘しかないジョンウォンに傘を買っている最中、2人の姿を目撃してしまう。

 

ジョンウォンは、ヨンに付き添って部屋に行き、ようやく話をする事に。
彼女は嗜眠症の発作時、意識はあるが身体が動かず、孤独感に苛まされるという。それは霊媒師だった彼女の母親と彼女だけが知る感覚だと。
「それでも母を恥じた事は無い」…ヨンはひとしきり泣いた後、諦めたようにジョンウォンの事情を聞く事に。
彼は「君と僕は、同じモノ(子供の霊)を見た」と言い、7歳以前の記憶が無く「幼い頃から度々同じ悪夢を見る」打ち明ける。
また彼には幼少時の写真も無く、カン牧師は貧しさを理由に言葉を濁し、彼が悪夢にうなされる事を過分に気にかけている節もある。
彼は父親から「幼少時に住んでいた家で煉炭のガスを吸って記憶が無くなった」とだけ聞いていて、その直後に引っ越したという記憶しかないのだ。

 

話を聞き終えたヨンは彼を見つめ、「以前、あなたと同じような人がいて、ひどく苦しんだ」「本当に知りたいの?」と確認し、明かりを落とし霊視に入る。
ジョンウォンは彼女に導かれ「その町は生まれて初めて見る町なのにとても懐かしい…周りは崩れそうな家ばかりで、僕は急な坂に立ってる…夏なのかな…暑い、熱くてたまらないのに…どこにも逃げ場がない…」…と、悪夢と化した記憶を手繰り始める。

その長くて狭い坂を駆け抜ける貧しい身なりの子供たち。7歳の彼も薄汚れた姿で、ボロ家の前に所在無げに座っている。
そこに大型トラックがバックで入り込んできて、よちよち歩きの幼児をあっけなく轢き潰すが、降りてきた運転手は声すら上げず、その遺体をゴミのように排水溝に隠し、平然と走り去ったのだ。
その場にいたのは盲いた老女、腹を空かせた数人の子供だけで事件に気づいた様子も無い。たった1人の目撃者である彼も、ただその汚れて動かなくなった小さな指先が排水溝からのぞいているのを見ただけだった。

 

ヨンの能力の助けもあってか、ジョンウォンの記憶はさらに鮮明に甦っていく。
彼を見下ろす荒みきった実の父親、そして子供がいなくなったと騒ぐ大人たちの中で、無言で排水溝を指差す自分…。

遺体はすぐに見つかり騒ぎになるが、実父は彼を学校にもやらず、遺体の在処を言い当てた”神童”に祀り上げ、暴行しては祈祷師の真似事をさせ、一儲けしようと企んだのだ。
その頃、若き日のカン牧師が彼の家を訪ねたが、実父に拒まれて救済には至らず、母親らしき姿は無く、幼い妹が実父の激しい暴力を止められるはずもない。

ジョンウォンは幼いなりに絶望して死を想い、隣家で起こった練炭自殺を真似て命懸けの実父殺害を企てる。
安普請のボロ家は易々と燃え上がって実父は焼死し、彼自身は半死半生で救出されたが、安全なはずの戸棚に隠した幼い妹までもが、逃げられず亡くなってしまう。
消防士に抱きかかえられた彼は、妹の無惨な亡骸を見た瞬間絶叫し、記憶を失ったのだ。
全てを思い出した彼は、子供のように泣いて泣き疲れ、そのままヨンの部屋で夜を明かす事に。

ヨンはと言えば、昏々と眠る彼の傍で膝を抱え、ジョンスクに赤ん坊のようにあやされ「私の血を吸わないで…」と子守歌を歌われるイメージに怯えていた。

 

翌日。仕事場ではチャンヒョンが音信不通だった彼を案じ、ヒウンには「ホテルの仕事が終わったから旅行に行く。ソウル駅まで送って」と頼まれ送る事に。
2人は押し黙ったまま渋滞に巻き込まれ、葬儀を終えたばかりの教会の前に差し掛かる。彼女はしめやかに散り行く参列者らを遠い目で見つめ、ある昔話を始める。
信心深い人々が暮らす小村が日照りに喘ぎ、村を挙げての雨乞いの祈りを捧げた日、思惑通り雨は降ったが、傘を持っていたのはたった1人の子供だけという話だった。
「『お祈りをしたら雨が降るから傘を持って行こう』そう思ったのは、その子供だけ…」彼女がそう呟いた頃、どしゃ降りになり、参列者は慌てふためいて教会から走り去っていく。
「人って変だわ…教会の方が近いのに戻る人はいない。びしょ濡れになっても戻れないみたい…」…彼女はついにホテルで見た事を打ち明け「あなたはいくつ秘密があるの?」と責めるが、狼狽える彼の言い訳すら聞かずに車を降り、彼用に買った男物の傘を差して去っていく。

一方裁判所では、ジョンスクの事件の最終尋問が行われ、ヨンの夫の差し金による目撃証言(偽証)が決定打となり、心神喪失が認められ無罪、精神病院への入院が確定する。
ヨンもジョンスクも無表情のまま法廷を後にするが、ヨンが夫に引き止められ揉める姿を見たジョンスクは「姉さん!」と叫んでホールから飛び降り、危篤状態となる。

 

どしゃ降りの雨の中、ジョンウォンが帰ったのは実家の教会だった。彼はそこで初めて、妹から「ヨンは事故で子供を亡くしたばかりのようだ」と聞き、愕然とする。
そこにヨンから電話があり駆けつけるが、怯えきった様子で「私のこと信じるって言ったわよね?!ジョンスクもあなたも知りたいと言うし、可哀相だったから話しただけなのに!私が悪いの?!…ジョンウォンさん…私が憎い?恨んでるの?!」と嗚咽し責められる。
彼は「恨んではいないが…辛い」とこぼし、彼女が寝入るのを待って部屋を出るが、ドアの前に落ちていた新聞で初めてジョンスクの事件を知り、訪ねて来たヨンの夫と鉢合わせする。

 

ジョンウォンはようやくヨンが一体何に怯えているのか、彼女に見えているモノはけして見知らぬ子供の霊などという生易しいモノではないと言う事を理解し、教会の自室に戻るが、恐ろしさで身震いが止まらない。
彼の様子に気づいたカン牧師にも、事実を聞こうとするが「お前は立派に成長し、良いお嬢さんとの結婚も決まってる。私は幸せだ」と濁されてしまう。
もはや彼には2通りの選択しかなかった。ヨンを信じて全てをやり直すか、彼が見たモノやヨンの慟哭に耳を塞ぎ、これまで通り平和に生き、全てを無かった事にするか。
そこに再びヨンから連絡があり、以前彼が彼女にしたのと同じく「助けて…今すぐ来て…」と懇願されるが…。

 

 

■感想

「降霊」「ギフト」と合せてご覧頂きたい”見える人妻”の苦悩を描いた韓国ホラーで、何度見ても涙目で「…目なんか、合うはずないじゃない…」と呟いてしまう、静謐で切なく胸に迫る作品だと思います。
監督は本作が長編デビュー作となる女流監督イ・スヨンで、作品のほぼ3分の2の尺をかけじっくり描き込まれた各々の事情や心情も素晴らしいし、ジョンウォンが見る悪夢、地下鉄での置き去りシーン、投身自殺等々の凄惨なシーンも温度や湿度、臭いすら感じるリアリティも大変見事です。
心を病んだ女性ヨンを演じたのは「猟奇的な彼女」でブレイクしたばかりのチョン・ジヒョンで、感情的で表情豊かな可愛い”彼女”とは真逆のキャラを見事に演じ切っています。

 

ホラーは大好きですが、そういったモノは一切見た事が無いので「霊が見える」と言う事を初めて感覚的に理解できたのは、かの黒沢清監督の「降霊」でした。
ヒロイン(風吹ジュン)のパート先のファミレスや真昼間の家の中に出現する霊は大変怖ろしく、それを無理やりにでも見せられる対価として、人生の最後にほんの少しだけ華を咲かせたい気持ちは分らなくもない。
一方、サム・ライミ監督の「ギフト」のヒロイン(ケイト・ブランシェット)は、その能力ゆえ差別的に扱われながらも”神からのギフト(贈り物)”と考えて生活の糧とし、不遇な人々を救済しようとして躓いてしまう。
見える事は災難なのか、才能だと喜ぶべき事なのか。

 

本作のヒロイン=ヨンは、先の2本とはまた違って、霊媒師で”見える”母親の苦悩を知っている分、同じ轍を踏まないよう注意深く生きてきた女性です。
姑(イ・ジュシル)とは不仲ですが、実業家の夫(パク・ウォンサン)には愛され、ようやく待望の子宝に恵まれた矢先、意図せずジョンスク(キム・ヨジン)の過去を垣間見てしまう。
ジョンスクもまた、子を持つまでは完全に封印されていたはずの酷い過去が、授乳恐怖、閉所恐怖という形で露呈して怯え、ヨンにすがるんですね。

乳首を噛み切られる恐怖というのはある意味経産婦あるあるで、乳歯の生え初めに合わせて断乳ができてないと、赤ん坊はその噛み心地を乳首やおしゃぶりで試すので、私を含め痛い思いをしたママさんも少なくないと思います。
ただジョンスクのそれは、彼女の精神を破壊して余りあるほどのおぞましい過去に基づく恐怖だったと。

また「人は見たモノを信じるんじゃない、信じたい事だけを信じる」という言葉も大変重く、心に響きます。
ヨンの家族も根は言うほど悪い人じゃない。夫はヨンを必要としていたようだし、姑はその母親が霊媒師だと知ってなお、上手くやっていこうとしていたようにも思えます。

 

ただヨンが夫に思う「信じてない」には2つの意味があった気が。
彼が”信じてなかった”のは、彼女の特殊能力ではなく「ジョンスクが殺害した」という証言そのものだったのでは。
事件当日のヨンはそれでなくとも疲弊しきっていて、狂気の境にあったのはどちらも同じ、ジョンスクの方がほんのわずか、先に”あちら側”に至ってしまったのでは。
それまで他人事のように茫洋としていたのに、裁判所のホールでいきなり警察官を振り切って「姉さん(オムニ)!」と叫んで飛び降りたジョンスクと、事件後もジョンスクを恨まず一切騒ぎ立てず、ましてや第三者に偽証させてまでその罪を確定させたかった夫だけが、その事実に気づいていたとしか思えないのです。
子供の乳児期に親しくなったママ友は、戦友のようなもの。MRI検査の直前、ジョンスクがヨンに見せる笑顔は、その数日後に起こる事件を片鱗も感じさせないのも傷ましい。

 

ヒウンが語る傘や日照りの村のエピソードもシニカルで印象的でした。オカルトにも間々描かれますが、近代韓国ではキリスト教が主流のようですが、日本と似て古来からの土着信仰の影響が数々のひずみを生み出しているようで。

ジョンウォンは長年キリスト者である家族の中でただ1人神を信じておらず、また翻って父親のカン牧師は神に身を捧げつつも、念願の独立を果たしたばかりで資金繰りに苦悩しており、最後の台詞も、長年愛しんだ息子を案ずるばかりではなく、その先にある婚約者の父の資金だった含みが見て取れます。

 

そして一見優しそうに見えるジョンウォンは、会社は相棒のチャンヒョン(イ・ソクチュン)に、結婚は婚約者ヒウンに任せきりで、父親の教会経営にも消極的で、何も解決できない男です。
その空疎さは、幼い頃、命懸けの決断をしたあの貧民窟に魂が置き去りにされているかの如くで、ヨンの都合などお構いなしで、ただ逃げるように彼女にすがるのです。
「人は信じたい事だけを信じる」…彼が最後の最後にヒウンを思う事さえ、結婚への期待や資金援助を含め育ての親に対する最低限の恩義であっただけで、結局あの結末へとひた走る事に。

「…目なんか、合うはずないじゃない…」… 藁をもすがる一瞬、差し伸べられる手があるかどうか。人によってはそれが家族や友人や恋人であり、酒や金や宗教かもしれない。
合うはずなんかないと頑なに思う分だけ逆に、そんな奇跡を夢想しているのかもしれない。
ジョンウォンとヨンの冷徹過ぎる結末は、何度見ても胸締め付けられますが、私はあれでよかったのだと思うし、そこを落とし所にしたイ・スヨン監督に、今後も着目していきたいと思います。

 

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